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「TAMATEBOX的人生論」と「25歳の君へ...。」

どうも。カロリーメイトの袋って意外と分厚くて、開ける時ちょっと大変じゃね?でおなじみのTAMATEBOXです。(>ε<)...深爪がディフォルトなもんでして!

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このブログは流れの中での得点ならぬ友達(地元・宮城の友達&家族、東京時代の友達、フィジー留学時代の友達、カナダ生活の友達)に向けて近況報告も兼ねて書いているのですが、フィジーの留学会社などで今だに「卒業生の面白ブログ」として紹介して貰っていたりと意外にもそっち方面からの反響も大きかったりします。直接お会いした事は無いけど、これから留学を考えている大学生、社会人から留学のアドバイスを求められる事も実は多いんですよ。凄く光栄な事なので自分が出来る範囲でアドバイス(主にどう費用を抑えるかを中心にw)を時々させて貰っています。

今日は趣向を変えて、25歳前後の皆さんに向けて伝えたい事があります。なぜ25歳かと言うと、ふとこの年齢の頃に相談をくれる人が多いなーって思ったのと、自分自身も24-25歳で大きなターニングポイントがあったからです。

なので語り口は"君"って事になっていますが、特定の誰かではなく...今25歳で悩んでる君、25歳の頃オイラと熱く語った事のある君、そして過去の25歳の自分に向かっても話しています。「あれ?もしかして自分の事言われてる?」ってちょっとでも思った人、そうです、そんな感じです。25歳の頃に特にオイラとカラんでいなかった人も自分が25才だった頃を思い出して読んでくれると嬉しいです。

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25歳の君へ

君は今、人生の大きな岐路の前に立っていると思います。目の前にあるその大きな変化がチャンスなのか?それとも人生を台無しにしてしまうモノなのか?好奇心と恐怖心が交互に現れて、頭の中は成功と失敗のイメージトレーニングで少し疲れ果ててきた頃だと思います。

向上心のある君の事だから、外国の企業で働いている31歳の今の僕を見て、「ちょっと悔しいなー。」なんて思っていると思います。でもね、25歳の時点で海外に目が向いている君(今、海外に留学に来ている君、もう留学を終えて帰国している君)と比べたら僕の25歳の頃よりも既に全然イケてますよ。

僕は君と同じ歳にある大きな決断をしました。その時に心に決めた事が今でも自分の背中を強く押してくれています。今日はそんなお話をシェアしたいと思います。

24歳の頃...2004年頃かな?僕はまだ地元・宮城に居て、派遣社員として工場で働きながらブレイクダンスに明け暮れていました。お世辞にも当時、勤務態度は真面目だったとは思いませんが、実装基盤(パソコンやゲーム機の中に入っている緑色の板にICチップなどを載せる作業)のオペレーターとしてHONDA系列の工場での経験があった為、当時勤めていたN○Cの工場ではこんな自分でも地味に重宝されていました。

折りしも時代は派遣法が最初に大きく改正される頃で、当時すでに派遣社員として勤務している人は工場全体の3-4割、その中で僕が派遣社員から正社員に登用される第一号に選ばれました。当時、高校中退→大検しか取得していなかった自分に取って、地元にある大企業○ECの"正社員"になれるなんて千載一遇のチャンス!だったのです。

しかし正社員のお話を頂いたその日、僕はその話をお断りさせて貰い、会社を辞める決断をしました。それから一ヶ月後...事故った車とギャンブルで作った200万近い借金を抱えて、当ても無く東京に向かった僕はしばらく歩道橋の上で野宿生活をしながら"ある事"だけを考えていました。(この話をすると歩道橋の"下"じゃないの?と聞かれますが、歩道橋の"上"です。あの踊り場的な所。なぜかと言うと深夜0時を回っても下はまだ車も人通りも残っているけど、上はあまり登ってこないから朝までゆっくり寝れる!笑。)東京で初めて迎えた25歳の誕生日は、テーブルも机も無いやっと借りれた3.9畳のボロアパートで芋虫の様に一人で丸くなって寝ていました。

...なぜか?おそらく正社員になれば、4勤2休の交代シフトでおそらく月22-25万スタート、ボーナスは夏2.5倍、冬2.5倍で50-60万ずつスタートは固い+労働組合も強そうなので年率1.20-30%でベース給が上がっていくので、30代に突入した頃にはグヘヘヘヘ...と皮算用も容易に出来ました。きっと好きな車をドカーンと一台買い直して、休日の日にはパチンコ三昧の生活を続けていたと思います。自分の実家とその隣町にある工場、行き着けのパチンコ屋の3箇所が行動範囲の全てでしたから。

でも当時の僕はなんとなく「広い世界を見るのだー!」的な考えが捨てきれなくて、東京でダンスがしたい!ついでにアルゼンチンの先っぽの村とか、スイスの山奥の町にも行きたい!それが叶わなくなるのでは?という考えが頭をよぎってしまったのです。
おそらくお話を頂いたその日に断っていなかったら、僕の"もったいないオバケ"が黙っていなかったと思うので、東京に行く事もフィジーに行く事もカナダに来る事も無かったと思います。元々普通の生活というか安定志向は強い方なので、今思うと変なテンションの時期だっただけかもしれません。

当時の自分にとってあり得ない位のオイシイ話(オファー)で、自分を推薦してくれた当時の課長さんにも本当に感謝しています。それだけに生涯、心に決めた事があります。それは、、、

今後の人生でどんなに上手く行かない事があっても「あの時にNE○の社員になっておけば良かった...」とだけは後悔しない様に、今もこれからも自分が納得してイケてると思える人生を送ろう!

と。その後はご存知の様に東京で揉まれ、フィジーで揉まれ、カナダで揉まれ今に至ります。大体いつもステージが変わる度にイビられたり、吐きそうになる位しんどい時期があったり、イジワルな奴が一人は居たりするのはなんでかなー?と思いつつも何とか今日まで、一切後ろを振り返らずに生きています。

僕のこの経験から25歳の君にアドバイスを送るとしたら...決断自体は対して重要じゃない!重要なのは決断した後に送る人生で、一日でも多く笑って過ごせているか?一日でも多く自分に自信を持って過ごせているか?という心意気の問題だと思います。

ピリっと自分のセンスを出せる君だから、どっちの道に進んでもイケてない人生は歩まないはず?!僕は正直、あの時に地元で就職する人生を選んでいても...絶対にイケてる人生を歩んでいたはずだ!と最近では考えられる様になりました。絶対クックキングパパみたいな料理が上手いマイホームパパになっていたはずだと!笑。

だから自分の直感を大切にして、一旦決断したら今の人生の方が絶対にイケてる!って死ぬまで信じ続けて下さい!これは仕事だけじゃなくて恋愛でも留学でも全てに言えると思います。もしあのままAさんと付き合っていたら?あの時、日本に帰っていれば?海外に残っていれば?なんて考えても野暮。

歴史にifは無い以上に君の人生にifは無いのです。チョイスから外れてる時点で初めから君の人生にプログラムされていなかっただけ。誰もそっちの人生が良かったなんて調べにいけるワケじゃないから、今を大切に生きるしかない。人生は習字の様に"二度書き"禁止の一回こっきりの勝負だから価値があり、人生はやり直せないからこそ儚くも美しいのです。

スティーブ・ジョブス氏は自身30歳の誕生会の招待状に、「ヒンズー教の古い格言によると、"人生前半の30年は人が習慣を作る。人生後半の30年は習慣が人を作る"そうです。この節目を祝う会にどうぞお集まりください」という言葉を添えたそうです。

25歳の野心のある君へ。今から30歳までの5年間で良い習慣を沢山作ってください。そうすれば努力した先の30代にはきっと成功への慣性の法則が働いてくると思います!It's now or never?! (やるか逃げるか?!)
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今日は会社でビジネスポートレート(宣材写真)を撮り直してたんですよね。で、待ってる時に撮ったこの写真にオイラの東北弁のコメントを添えて本日もお開き、また来週のお楽しみにしたいと思います。やっぱりこういう真面目トークの時はキチンと顔を出して、自分の発言に責任を持っていかないといけない年齢かなと。

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『人生成せばなるし、そこまで成さねくたって、なんだかんだでイイ人生だど思うがら、今の自分さ自信持って楽しんでけらいん!Life Fucking Goes On....(何があっても人生はただただ続いて行ぐだけ...)』

Cheers for your life!
31歳のTAMATEBOXより
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by tamateboxgold | 2012-05-13 05:51 | カナダ生活 (2009.3〜)